ブログの書き方

ブロガーとしての備忘録|器用貧乏で飽き性なわたしが前向きになれた考え方

器用貧乏で飽き性だからいろいろなことが続かないんだけど、それはそれでいいんじゃあないかって思えた。

たとえば自分は、何か1つのことを頂点までやりたいとは思わないんだけど、広く浅くいろいろなことにハマるのが好きなんだ。

それでも、あるていどの完成度まではやりたくて、そのあるていどの完成度まで行ったら、もう飽きちゃうんだよね(笑)

 

これを、悪い方向に考えると、継続力がないって結論になってしまうし、それで結構自分自身を責めていた時期もあったんだけど、別にそれをプラスに考えればいいんじゃあないかって思ってる。

 

たとえばブロガーとかYouTuberとかって、私、個人的には人のためになる情報を提供するということが1つ根底にあると思っていて、仮にその情報が自分主体のだれにも理解されない芸術的なことだったり個人的な感想だったりしても、それを少なくとも対外的に発信したことで、共感する誰かがいると思うんですわ。

共感されたことで、すくなくともその人のタメになったと思うし、まあ何が言いたいかと言うと、そういうブロガーとかYouTuberとかっていう発信者であることには自信を持ちたいなと思うワケです。

 

んで、わたしの中途半端な「こうやったらいいんじゃない?」っていう記事が、その筋の専門の人から見られた時に「ちげぇえし」って思われても別にいいんだよね。専門じゃあないし。

でも、ちょっと気になるんだけど、どうなんだろ?って思っている人にとりあえず取っ掛かりとして好きになってもらったら、あとはその人がめちゃくちゃ勉強して極めるかもしれないし。キッカケになればそれはそれで良いかなと。

 

なんていうか、情報に正確性は必要なんだけど、完璧を共有しなくてもいいと思うんです。

 

たとえばわたしは漫画「花の慶次」が大好きなんだけど、あれはもうほとんど史実であって、実話じゃあないんだけど、そこから歴史を好きになったし。

前田慶次っておもしろいなあって思って、その周辺の歴史上の人物調べたりしたし、そういうことでいいんじゃあないでしょうか?

 

漫画つながりでいうと、ジョジョの奇妙な冒険の3部に出てくるホルホースも大好き。好きと言うより、わたしの人生観そのものが彼なんだよね。

「No2で生きる男」ってのが彼のポリシーなんだけど、ほんとそれ。

ナンバー2に美学を感じる(笑)

これは、影で支えるって意味もそうだし、フィクサー的な意味もあるし、本気でやったらトップ取れると思いつつ、飽きちゃうんでね。

トップ取るつもりではやりますよ。でも、飽きちゃう。

 

これを悪循環させない方法として最大のポイントは「いろいろなことに興味を持つことを飽きちゃあいけない」ってこと。

これをしてしまうと何が何やら。

 

こんな感じの話をたまには掘り下げて書いてみてもいいなあ。

 

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